追伸
ひらかれたページ
ひらかれたノートの
まっさらなページに
一文字(ひともじ)だけ
ひ
と 書きつけてみる
そのとたん
ノートのページは
(世界)になって
広がった
さらに一文字(ひともじ)
と
を加えると それは
ひとりの 人間となった
ひと
それに(ぼく)という
名前をつけてみた
そのとき
えんえんとつづく
旅(たび)が
始まったのだ
(ぼく)は 歩きはじめ
いろいろなものに
出会い つまずき
つきあたった
その 旅に にあいの
呼び名を
つけようと考えたすえ
(人生)
という名前をつけてみた
あの人 この人
(生まれてきて死ぬ)
人生というものが
それだけだったなら
どんなにか
味気無いものだろう
ぼくらは
それだけではない
あるじゃないか
身じかにいる
あの人 この人
生まれてきたからこそ
出会えた人達と
いっしょに
過ごした時間 日々
恋しい時間
長年 人間として
生きてきて 今になると
いつのときも
夢中で過ごし
じっくり
物事を 考えたことが
ないことに
気が付いた
(通り過ぎてしまった
長い年月)
が なつかしく
いとおしく
胸が熱くなって
恋しく思える
(恋しい時間)となる
でもすぐに
(今のこの時間)も
明日という日から
見たなら
(恋しい時間)
になるのではないか
(生きて迎えている
今という時間)が
それこそけがえのない
(恋しい時間)なのだ
そう思うと 今
自分がここにいることが
こころから
うれしい気がしてくる
涙の顔に降りかかる
思わず泣いてしまった
何度も何度も
あらゆる命あるもの
のことを思って
泣いてしまった
祖母のこと
父や 母や
長兄
彼ら既にこの世を
去って
宇宙の塵 ダークマターに
もどった人たちのこと
そればかりではない
ぼくが
この世に生まれて出会い
その訃報に接した人々
そして
路上に見つけた
押し潰された蝉の死骸
動かないカマキリや
干からびた
トカゲの亡きがら
秋が深まれば
大学の図書館を取り囲む
広場に 吹きだまる
色づいた落ち葉の
累々たる数に
ただ 泣いてしまった
何度も何度も
あらゆる命あるものを
思って 泣いてしまった
泣いたあとに それが
悲しいからだけではなく
うれしいという
気持ちも
入り交じっているのに
気が付いた
生まれなかったら
死ぬことはないが
それがめでたいことか
いずれ死が
訪れるとしても
この世に
生まれてこれたことを
うれしく思う
宇宙の歴史に比べれば
問題にならない
短い時間だが
この世に生まれ出て
生きていられたことが
うれしくて うれしくて
ほおを流れ落ちる涙は
熱い僕の気持ちを
表していたのだ
僕は
雨の降っている
春の庭先に出て
空を仰いだ